獣医監修コラム集

不妊去勢手術は本当にすべきなのか?現役獣医師が最新の研究から考えます

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リモサボン
不妊去勢手術の必要性

「不妊去勢手術はしたほうがいいのでしょうか?」「不妊去勢手術はいつごろまでにしたほうがよいのでしょうか?」という質問を受けることがよくあります。日本の動物病院などでは、望まない子犬を増やさないため、発情に伴う問題を減らすため、もしくは乳腺腫瘍などの病気を予防するために不妊去勢手術を勧められることは多いと思います。今回は、不妊去勢手術と病気との関連性についてお話しさせていただきます。

どのくらいの犬が不妊去勢手術を受けているのでしょうか?

欧米では、多くの犬が1歳になる前に不妊去勢手術を受けているようですが、ヨーロッパではその数はかなり低いといわれています。不妊去勢手術を受けていない犬の割合は、スウェーデンでは約99%、ハンガリーでは約57%、イギリスでは約46%だそうです。日本の環境省による平成23年度の調べによると、日本で不妊去勢手術を受けている犬の割合は、およそ39%と報告されています。

不妊去勢手術と性腺ホルモン

雄犬の去勢手術では精巣を摘出し、雌犬の不妊手術(避妊手術)では、卵巣もしくは子宮、または卵巣と子宮の両方を摘出します。精巣からは、アンドロゲンという性腺ホルモン(男性ホルモン)が分泌されており、このホルモンは、副生殖器(前立腺など)の発育を促進したり、筋肉増強や骨の成長促進という役割も果たします。卵巣からは、エストロゲンという性腺ホルモンやアンドロゲンが分泌されています。エストロゲンは、副生殖器(卵管や支給など)の発育を促すほか、発情を発現させたり、乳腺を発達させたりする働きがあります。

不妊去勢手術と関節疾患および悪性腫瘍との関連性についての研究

ゴールデン・レトリーバーにおける不妊去勢手術と関節疾患および悪性腫瘍との関連性について、アメリカ、カリフォルニアのUCディビスの研究者らが調査を行いました。その内容は、UCディビス付属動物病院に2000年1月から2009年12月までの間に来院した1~8歳のゴールデン・レトリーバー759頭のデータをもとに、5つの病気の発生率を比較した研究です。対象となる犬を、12ヶ月齢になる前に不妊去勢手術を受けた犬のグループ(早期不妊去勢グループ)と、12ヶ月齢以降に不妊去勢手術を受けた犬のグループ(後期不妊去勢グループ)、不妊去勢手術を受けていない犬のグループ(非不妊去勢グループ)に分け、それぞれのグループにおける特定疾患の発生率を比較しています。対象となった病気は、ゴールデン・レトリーバーに発生の多い股関節形成不全、前十字靭帯損傷、血管肉腫、肥満細胞腫、悪性リンパ腫です。

研究結果

股関節形成不全
早期去勢グループの雄犬における股関節形成不全発生率は、非去勢グループの雄犬と後期去勢グループの雄犬よりもはるかに高くなりました。また、股関節形成不全を発症した平均年齢は、非去勢グループで4.4歳、早期去勢グループで3.6歳、後期去勢グループで4.7歳と、早期去勢グループでの発症が一番早くみられています。

この理由は、精巣を摘出したことにより、骨の成長を促進する性腺ホルモンが不足し、股関節が正常に形成されなかったためではないかと考えられています。

前十字靭帯損傷
前十字靭帯損傷に関しては、非不妊去勢グループの犬における発生率は0%でしたが、早期不妊去勢手術グループでの発生率は、雄犬で5.1%、雌犬で7.7%でした。これも、性腺ホルモン不足による骨成長への影響が関連していると考えられています。
血管肉腫
後期不妊手術グループの雌犬における血管肉腫発生率は、非不妊手術グループの雌犬および早期不妊手術グループの雌犬における発生率よりもおよそ4倍も高い値を示しました。また、血管肉腫発症平均年齢は、非不妊手術グループで6.4歳、早期不妊手術グループで7.6歳、後期不妊手術グループで3.2歳と大きな違いが認められています。
肥満細胞腫
非不妊手術グループの雌犬では、肥満細胞腫の発生はみられませんでしたが、早期不妊手術グループでの発生率は2.3%、後期不妊手術グループでは5.7%でした。

このように、後期不妊手術グループの雌犬において、血管肉腫および肥満細胞腫の発生が高くなった理由として、エストロゲンと腫瘍細胞との関連性が考えられています。腫瘍細胞へと変化する細胞は、エストロゲンに感作された後、エストロゲンが存在していれば腫瘍細胞へと変化することはないそうですが、エストロゲンが不足してしまうと、腫瘍細胞へと変化してしまうと推測されています。

このため、発情期が始まる前に不妊手術を受けた犬では、腫瘍細胞に変化する細胞がエストロゲンに感作されることがないため、エストロゲンが不足していても、細胞が腫瘍細胞に変化することはないと思われますが、発情が始まった後に不妊手術を受けた犬では、エストロゲンの不足により腫瘍細胞への変化が起こりやすくなると考えられています。

そして、不妊手術を受けていない雌犬では、エストロゲンが存在しているため、腫瘍細胞への変化は抑制されているようです。

悪性リンパ腫
早期不妊去勢グループのほうが非不妊去勢グループよりも高い発生率を示しました。特に、雄犬では早期去勢グループのほうが、非去勢グループよりも3倍も高い発生率を示しました。

悪性リンパ腫の発生には、性腺ホルモンが関与していると考えられています。しかし、各悪性腫瘍の発生に関与する特性は異なります。悪性リンパ腫と血管肉腫や肥満細胞腫と性腺ホルモンとの関連性には差異があるため、このような結果の違いがみられたと推測されています。

研究のまとめ

この研究では、ゴールデン・レトリーバーに発生しやすい特定の関節疾患と悪性腫瘍だけを対象に調査が行われていますが、今後は多くの犬種や病気について研究を深め、各犬種における不妊去勢手術の必要性と適正時期を見極めることが大切だと指摘しています。また、悪性腫瘍と不妊去勢手術との関連性についても今後さらに探求していくことが必要だと提言しています。

最後に

不妊去勢手術の目的は、乳腺腫瘍や子宮蓄膿症、前立腺癌などの病気を予防するためでもあります。手術を行うかどうかは、手術のメリットとデメリットを検討し、決められることが一番だと思います。そして、手術を行う場合には、各犬種や性別などを考慮し、適切な時期に行えるよう、動物病院に相談してみるとよいかもしれません。

参考文献およびURL

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ルール久枝

投稿者の記事一覧

1995年に獣医大学を卒業後、馬と小動物の臨床獣医師に従事。2002年にオーストラリアへ移住し、日本とオーストラリアで獣医業および獣医翻訳業に勤しむ。2011年からはオーストラリアで動物の代替診療を行っている。

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